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「らしさ」の意味~ 大人はみんな子供に偏見を持っている?!

2018/08/02
 
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本が苦手な人でも、分かりやすく気軽に読める本を度々ご紹介しています。
おすすめは図書館の「ティーン向け」のエリア。
就職のこと・科学のこと・性のこと・いじめのこと・世界のこと…色々なことが分かりやすく書かれていて、写真もたくさん載っています。大人って色々知っているようで、実は知らないままにしていること、いっぱいあるんですよね。

素敵な写真集の中に、はっとさせられる言葉を見つけたので、ご紹介します。

地球を一周!せかいのこども

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地球を一周!せかいのこども 西靖 著

アナウンサーの西靖さんという方が、海外に取材に行かれた際、撮影の合間に撮りためた写真を本にしたものです。

掲載されている子ども達の国は、ブータン・タイ・インド・スイス・スペイン・オーストリア・ベルギー・モザンビーク・ジャマイカ・アメリカです。写真だけでなく、子どもの様子やその国の情勢が少し書かれています。
難しいことの羅列の分厚い本、ではなく、写真とともにちょっとだけ世界のことが覗ける、そんな写真集です。

子どもに対する偏見…ありませんか?

この本を読んで、「そう!それなんだよ!」とすごーーーーーく共感した部分があります。引用させていただきますね。

海外で心のガードが下がるのが、子どもに会ったときです。といっても、子どもの笑顔は万国共通の人類の宝ですね、心が洗われるようです、なんてことではありません。

これを読んで「…はぁ?!何言ってんだ!子どもはみんな、無邪気で可愛くて宝だろ!!」って思った人は、ちょっと落ち着きましょう。別に「子どもは可愛くねえ!」なんて言っている訳ではないんです。
続きを引用します。

「よぉよぉ、おっさん、荷物運んでやるから、金くれよぅ」なんて言われることはしょっちゅうありますし、逆に声をかけても見向きもしてもらえないこともあります。
 だいたい、自分が子どものころのことを思い出しても、お年玉をいくら貰えるか皮算用していたときなんて、「無垢」とはほど遠い表情をしていたはずです。いたずらがばれないようにしょうもないウソもたくさんついたし、野良猫をいじくりたおしたり、虫を捕まえて、わりと残酷なことをしたりもしました。でも、そんな「まあまあズルくて打算的で特にやさしくもない子どもだった自分」を思い出してしまうとしても、やっぱり子どもを見ると安心します。
 たぶん、そういう憎らしいところも全部ひっくるめて「子どもはかわいい」ということなのかな、と思います。好きとか嫌いとか、うれしいとか悲しいとか、楽しいとかつまらないとかを、隠さないで顔に出す、あるいは隠しているつもりでもやっぱり顔に出る。

保育士・幼稚園教諭・保護者は、このことを理解してくれると嬉しいなぁ…と私は思います。

日本でも貧困にあえぐ子ども達の問題は確かに存在しています。これは目を背けてはいけない事実です。それは、日本人がよくイメージするようなアジアやアフリカの貧困国の子ども達だけの話ではありません。

お金を稼がなければならない事情がある、打算的なことを考えている…こういう子どももいるのです。

「子どもって、みんな無垢で、素直だよね!」
「子どもらしく、みんな外で元気に遊ばなくっちゃ!」
「やっぱり子どもは、大きな声で明るくなきゃ!」
「子どもっていうのはやっぱり、広い野原を走るものだよね!」
「子どもなんだから、冬でも寒くないし外へ行かなきゃ!」
「やっぱり給食はみーんな好きだよね。子どもっていうのはたくさん食べるよね」

それ!偏見です!

子どもはみーんな、ちがう!

よく先生が使いがちな言葉ですが、実は大きな違いがあります。

「君もお友だちも、みーんな、同じ人間なんだよ!」
「君もお友だちも、みーんな、違う人間なんだよ!」

人間なんだから君と同じで傷つくし嬉しいこともあるよ、という意味で「同じ人間」という風に先生達は話しますが、これからの教育では、「違う人間」という言葉を用いた方がよいのでは、と私は考えています。
傷つくポイント(ネットでよく言う「地雷」)も、笑いのツボも、人種も、信仰も、様々です。一括りに「同じ人間なんだよ」というのでは、なかなか伝わりません。

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「きっとあのお友だちもぼくと同じ考えのはずだ!」と他人にも自分と同じ行動や思考を求めてしまったり、過度な協調性…同調性・同調圧力が生まれかねません。

「わたしとあなたとは違う」ということを、子どもも大人も理解することが必要ではないでしょうか。

色んな子どもを認めて

上で述べた「やっぱり子どもっていうのは、みんな、大きな声で元気よく走り回らなきゃね!」というのは、実は、私の同期の同僚だった教諭の発言だったのです…。

一緒に働いた大事な仲間ではあるけれど、固定観念が強く、「子どもとはこうあるべき」という考えが本当に強い教員でした。その子ども観に私はずっと違和感を抱いていました。理解し合うことはできませんでしたが…。

子どもはこうである、女児はピンクを着るものである、男児は戦いごっこを好むものである…そういう偏見が強い大人がいると、子どもはどんな気持ちになるでしょうか?

「自分はどうせ子どもらしくないんだ…だから大人から見たら可愛くないんだろうなあ。」
「自分の本当の気持ちなんて言ったら可愛がってもらえないかもしれない。」
「子どもらしくふるまっておこう…。」

こういう気持ちをため込んで、うまく言葉にできないまま、認められないまま不安定な心で大きくなってしまいます。

そしてその同期の職員については、保護者からクレームもあったらしいと聞きました。太っている子に対してみんなの前で「体が大きい」という表現をしたり、保護者から「今日は寒いですね」という挨拶に「子どもだから寒くなんかないよね!」と決めつけてしまったり…。

固定観念が強くて決めつけも強いと、典型に当てはまらない子や一人ひとりの気持ちに寄り添うことができず、子どもの言語化されない気持ちに鈍感です。

必要なのは、その子のありのままを認めることだと思っています。

ありのままって????

好き嫌いもそれぞれ

日本の学校で、給食の完食がつらい…というのはよく見聞きする話です。「作ってくれた人に感謝を!」と言って、作る側・与える側の気持ちを押し付けるばかりで、食べる側の気持ちは無視しがちです。

というのも、「好き嫌い」を悪として捉えがちだからなのでは??

「好きと嫌いは誰もが持ってる感情」です。(アイカツの歌詞にある…)

好きな食べ物があることはよいこと、だけど嫌いな食べ物があることは悪いこと…と大人は考えていませんか?でも、それぞれ違った人間なので、好きなものがあれば嫌いなものもあります。むしろ、好き嫌いがないというのは、何でもいい、どうだっていい、特に好きな食べ物も好きなこともない…という意味ではないかと…。

「嫌い」という感情を、悪いものにしすぎです!嫌いもあっていいんです!!

子どものありのままを認めるというのは、好きなものもあるけれど、嫌いなものや苦手なものだってあるし、それでもいいんだよ!あなたの味方でいるよ!と受け入れることではないですか?

まとめ

子どもへの偏見は、恐らく大多数の大人が持っているし、それを悪いものとは認識していないでしょう。

しかし、自分が子どもだった頃を振り返ってみれば、結構子どもらしくなかったことって、思い出されませんか?もしそれを、周りの大人に、「子どもらしくない。可愛くない。おかしい!」と決めつけられてしまったら…傷つきますよね。

まずは、自分の中にある「子どもへの偏見に気付くこと」から始めてみませんか?

子どもはみんな外遊びが好き、よく食べる、元気で落ち着きがない、これが子どもらしさである!というのは思い込み・偏見。
本が好きで外遊びが嫌い、少食、動き回るよりもじっと座って絵を描く方が好き…こういう子どもでも、いいんです!

子どもらしさを求めることは必要ないのです。その子らしく、その人らしく、のびのび生きられるように、これからの時代はもっと多様性について理解するべきでしょう。

めろん

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